安藤憲夫プロフィール



氏  名:安藤憲夫(1967年5月29日生  56歳、O型)2023.9.1現在

家族構成:妻・長女・次女の4人家族  

趣     味:出会いを楽しむ(個性豊かな人を発掘する)

モットー:頼まれる事は何でも引き受ける

     『出会いに感謝』、『一期一会の精神』が信条

最終学歴:安田学園高等学校・情報技術科卒業

職  業:エージェント(人と人、人と企業のマッチングコンサルタント)

役職/肩書:一般社団法人東京ビジネス倶楽部 代表理事
      ワクワクプラント株式会社 顧問

      FMラジオ番組「Radio Leader's」運営責任者

      プレゼントサイト「Music Bird Present Station」運営責任者
      株式会社船井総合研究所 講師、明治大学経済学部 講師、盛田昭夫塾 塾生、

 <経歴> 1986年、高校を卒業後、自衛隊(航空)に入隊、航空自衛隊教育隊新隊員課程での体力測定の歴代記録を塗り替えて新隊員課程終了時に特別表彰を受ける、以後退官まで体力徽章1級を維持。1年目 飛行前点検中に緊急着陸装置の不具合を発見整備褒賞を受賞。2年目 10年に1人の逸材と評され輸送航空団開設記念特別表彰において第4級賞詞を最年少で受賞。3年目 戦技競技会訓練飛行中、日本海に墜落寸前に奇跡的な生還をとげ、その後の人生観を大きく変えることになりました。



1991年、24歳でナポレオン・ヒル財団日本ED 埼玉支部を最年少オーナーとして会社を設立。(写真は、第1回のセールコンテストで個人部門で売上げ1位を達成。米国イリノイ州シカゴのナポレオン・ヒル財団本部のコンベンションにも最年少で参加)


1992年、船井幸雄(株式会社船井総合研究所創業者)会長に師事し、有限会社安藤総合研究所を埼玉県三郷市に設立。 以後いくつもの事業を立ち上げるが無知がたたり、廃業に追い込まれる。
2年間の放浪の末、資金が底をつき佐川急便で再起を懸けることに。

 

1993年、26歳の時から7年間、佐川急便で勤め、営業成績トップを継続して渋谷区(原宿・千駄ヶ谷地区)の営業責任者として実績を残し、佐川急便の会社案内ビデオやリクルートの求人誌に紹介されるなど佐川急便の顔になる。

 

2001年~ソニー生命、外資系保険会社・証券会社にヘッドハンティングされるが後に、お客様、先輩、出会いに見出されて再度独立。


2002年、通信大手のインボイスのリスクコンサルタントとして契約を締結、東証1部上場の足場を築く。様々な企業の躍進に貢献し、企業の再生支援、ビジネスマッチングにも本格的に取組み、実績を積み上げて参りました。企業・資産家に対する「ファイナンシャルプランニング(バンキング・投資・保険・税金・法律・リスク管理)」のサポートを外資系コンサルティング会社と連携して資産の保全と継承に関して取り組んでおりました。現在、複数の団体・企業のコンサルタント・役員・顧問を務めております。

<信条> 経験のないことや知らないことは、信頼できる人に教わり自力で邁進せず助けてもらうこと。自分がしてもらいたいと思うことを他人のためにしてあげるということが大切。世の中の出来事は必然・必要で、起こる事は、全て決まっているらしい。その中で人生を左右するような特別な出会いも決まっているようです、一生を通して出会わなければならない人も決まっていて、それは、「一瞬早からず・一瞬遅からず」で全ての出来事はベストタイミングで起こります。何故このタイミングで経験し、出会うことが出来たか、その出会いを生かすためにも、「出会いに感謝」して、新しい出会いがある限り「一期一会」の精神を忘れず、世の中に奉仕すること、人々が輝き、天職に巡り会えるすばらしい出会いの種を淡々と蒔き続けます。

<得意分野>  頼まれる事は何でも引き受ける‼ (仕事の依頼・相談は、ご紹介者がいる方に限り申し受けます)

◆マーケティングコンサルティング(ビジネスマッチング、ジョイントベンチャー) ◆不動産運用コンサルティング

◆著作権対策支援コンサルティング ◆メディア出演支援コンサルティング ◆助成金・補助金申請コンサルティング 

◆ビジネスモデル構築支援コンサルティング、ほか

中山正暉元建設大臣


黒岩祐治神奈川県知事


渡邉美樹元参議院議員


上田清司元埼玉県知事現参議員



安藤憲夫の歩み(プロジェクトの一部抜粋)

 

  •  2001年6月~2005年、ソニー生命在職中より、SONYの「FeliCa」普及に貢献。民間経済団体の責任者として会員企業をフル動員し、ジョイントベンチャーを組織し、発足当時に150人もの日本を代表する企業の代表者や責任者が集まり、毎月集まる会議場が手狭で用意できなくなり、業種ごとの分科会で開発と「FeliCa」システムの自社採用が進み、「nanaco」「WAON」「Edy」「Suica」「pasmo」普及の足掛かりを創った。独立起業後の最大の成果です。ソニーで修得し、故・盛田昭夫ファウンダーから学んだノウハウと封印されていた「My Sony」のブランドに込められた『情熱』が日本から全世界に広がっています。

  • 2001年秋より顧問先金融機関のエージェントとして、上場前のインボイス社の支援に参画し、参入を希望していたベンチャーキャピタルや金融機関と株主の連携を推進しました。
  • 2002年、キャノンラグビー部の選手向けに、グループ会社取締役で当時GMの佐藤氏の要望で独自共済を海外再保険制度活用し馴染みのない共済契約を締結し、怪我が絶えない選手達を支援いたしました。キャノンとインボイスとの業務提携の橋渡しもこの時期からスタートいたしました。
  • 2003年、都内共済組合の理事当時、ライフカード社の要請でデビットカード日本導入のアドバイザリーを行う。その後三菱商事が大株主のクレジットカード決済会社の顧問に就任。
  •  2002~2004年、ジャパンメディアネットワーク社の関係者の推薦でコンサルタントから顧問に就任し、コンビニ各社、通信会社、商社、JA全農、経済連、商工会議所の販路開拓も行いながら、一部代理店のサポートを請け負う。『 携帯電話定額話し放題 』のプランに話題が集まり株主の東証二部上場の大盛工業の株価は跳ね上がり、1年以上に渡り最も売買された銘柄となる。2003年秋、マスコミや市場で話題を集める中、サービス開始の翌年1月に同社が破産。債権者・代理店・クライアント対応に追われ、2年以上に渡る投資が回収できないまま人生最大の危機を過ごす。(安藤総合研究所・譲渡、千代田経営コンサルタントに移籍)
  • 2004年秋、日本橋三越本店100周年記念、新・新館完成に合わせて、外商の記念品としてオリジナルプリペイドカードの制作を受注、運営管理システムを日本橋東短室町ビルにある本社と韓国ソウルのKDDI子会社に設置したサーバーを連動させて運用しました。今では考えられない大がかりなシステム構築です。また、当時入居していた東短室町ビル(新日本橋駅直結)は、東京短資関連の企業しか入居できない与信の厳しいビルで裏を返すと会社の知名度が低くても日本の金融中心街の日本橋では一目置かれてしまう絶大な影響力があるビルです。(千代田経営コンサルタント取締役当時、顧問先通信会社の取締役として全般を指揮)
  • 2004年10月より、環境学博士の故・木原卓也先生に師事し、東洋工業(現・マツダ)副社長、住友銀行副頭取、アサヒビール社長、JR西日本初代会長、関西経済同友会代表幹事を歴任された故・村井勉氏を発起人代表に迎え経済界、文化界から支援を得て、インターネット上に様々な才能の持ち主を登録する人材『銀行』を設置し、幅広い分野から登録を受け付け、同時に弁護士や公認会計士、学術経験者から作る評価機関を設けて、登録された才能や企画を評価する。高い評価を受けた人材については、才能や企画が生み出す収益を受け取る権利を小口分散化する証券化の手法を用いて資金支援する。資金の出し手を確保するために、投資家倶楽部も組織。事業化のノウハウも提供し「創知資産研究所」を設立して証券化、事業化を後押しするプロジェクト発足。

    木原先生は、2006 年6 月3 日(土)午前2 時30 分逝去されました、享年57 歳でした。木原先生が残された『人材バンク』構想のマスターデザイン(詳細な計画書)を安藤が継承しております。
    もともと発足は大阪の経済界中心でしたが、東京では木原先生と安藤で立ち上げる準備段階だったためです。
  •  2006~2007年、ナポレオン・ヒル「成功哲学」特別無料講演会in六本木ヒルズ森タワーの講演会を継続し顧問先企業のホールを会場として提供をいたしました。

  • 2006~2007年、独立起業の支援、学生団体の支援、ジョイントベンチャー、ビジネスマッチングをアンリミテットサクセスクラブ(無制限成功倶楽部)として六本木ヒルズ森タワーの39Fと17Fにて事務局を運営いたしました。 スポンサー企業の撤退までの間、インターネット放送局、講演会、ビジネストレーニング、就活セミナー、交流会、パーティーなど短期間に8000人近くの方を六本木ヒルズにご招待できました。インターネット業界で今では有名になコンサルタントやコーチングのスペシャリストにもよく来て頂きました。ブランドオーナーやカリスマ経営者と呼ばれる方々も六本木ヒルズが引き寄せてくれました。アンリミテットサクセスクラブ(無制限成功倶楽部)の成功により、株式会社鹿鳴プランニング(東京都千代田区、川田規人 社長)が運営する「鹿鳴館倶楽部」の運営を安藤が引継ぐ予定でしたが、2008年10月、親会社の大和生命保険株式会社の経営破綻により「鹿鳴館」の名を刻んだ歴史的な貴族の社交の場を感じさせる団体が幕を降ろしました。

 

  •   2006年、株式会社オールアバウトフィナンシャルサービス(本社:東京都渋谷区、代表取締役社長:川田規  
     人)の顧問に就任。専門家がガイドする総合情報サイト「All About」を基盤とし、豊かな人生をおくるため   のファイナンシャルプランニングとその実現を支援するAll Aboutのマネー情報サイト「All About マネー」、   専門家マッチングサービス「All Aboutプロファイル」と連携。これにより、All Aboutへ情報収集に訪れたユー   ザーやAll Aboutマネー上で告知しているセミナーに参加したユーザー、相談する専門家を探しているユーザー  に対し て、情報収集からライフプランの相談や商品の購入まで、金融のワンストップサービスを提供。

なお、証券と生損保の販売にあたっては、「IFA」が中立的な立場を活かし、一人一人最適なアドバイスをしながら、投資信託や各種保険商品などの金融商品を対面で提供します。オールアバウトフィナンシャルサービスでは、専門家であるIFAの活躍の場を広げるとともに、金融領域における個人のライフデザインと資産形成のサポートに取り組み、「IFA」300人の体制を構築して、個人の豊かな生活を支援してまいりました。

※2009年3月6日に、親会社の株式会社オールアバウト(東証スタンダード市場)より株式会社オールアバウトフィナンシャルサービスの株式がフィリップキャピタルジャパンに譲渡されました。


  • 2008年3月より、船井総合研究所にて資産除去債務・環境債務に関する講演・支援企業の斡旋(ビジネスマッチング)をスタートさせ、日本中から500社を超える引き合いを頂き、講演、業務提携、経営支援など多忙な業務をこなしました。

  • 2008年、JR東日本様に顧問先支援企業のアスベスト対策技術が採用されました。(2004年より、JR東日本様、JR東日本ビルテック様には別途、顧問先の建築施工技術を採用頂き、駅・建物・橋脚・トンネルの改修・補強、防水工事に於いて多数の実績がございます)

  • 2008年、都営地下鉄に顧問先支援企業のアスベスト対策技術が採用されました。    
  • 2008年、洞爺湖サミット開催に際して、北海道庁と洞爺湖町役場に招かれ、廃屋ホテルのアスベスト対策のアドバイザリー支援を行いました。

  • 2009年、楽天EXPO2009にスポンサーとして協賛いたしました。スポンサーとして至る所にロゴや会社名を掲載いただいました。顧問先支援企業もブースを出展し、パンデミック対策で注目を集め成功を収める。

 


  • 2009年秋、危機管理産業展において、ダイドードリンコ様の展⽰ブースで顧問先⽀援企業のパンデミック対策の除菌システムが採用されました。コンペに参加した空調大手のダイキン・シャープ・サンヨー・パナソニックを抑えて採⽤されたことで話題になり⼤ヒット。全⽇空の管理施設導⼊を⽪切りに、食品工場、放送局、ホテル・空港・病院・介護施設・鉄道・幼稚園・⼩/中/⾼校・⼤学・公共施設・ショッピングモール・コンビニ・タクシー・バス・予備校・進学塾などに採⽤され、高市総務大臣の表敬訪問を受ける。
  • 2009〜2010年3⽉、第24回⽇本助産学会学術集会の運営に協⼒する。
    参加される先⽣⽅の宿泊⽀援で、会場に隣接するホテルオークラ様にも協⼒も頂きました。

    地元の顧問先経営者倶楽部の協賛で展⽰ブースにも出展、会員企業様の広報活動にも貢献いたしました。

    その後、教育関係者とも情報交換を⾏い、新規事業創出に役⽴てました。同時期、顧問先⽀援企業が⽂部科学省、対がん協会、⾃治体の協賛で⼦宮頚がんの啓蒙活動を精⼒的に取り組み、ピンクリボン運動とも連携し⼥⼦⼤⽣独⾃の活動としてメディアの注⽬を集め、絶⼤な成果を上げました。

    第24回⽇本助産学会学術集会の学会記念誌に学会関係者として掲載頂きました。
  • 2010年7月、みんなの党・比例全国区から立候補されました、前PHP総合研究所社長の江口克彦氏を応援させて頂きました。選挙は見事当選。

    松下幸之助哲学の継承者として知られる江口克彦氏に直接ご指導頂ける機会と場を作りたくて、学生や若手経営者と共に、「江口政経塾」を創設したかったのですが力及ばず断念いたしました。会えば手を取り合う仲の経済人、財界人達ですが調整は難しく、考え方と利害の壁は簡単には超えられませんでした。
  • 2009~2010年、東京・千葉・神奈川の主要ホテル運営企業担当者様、鉄道施設管理会社様に、資産除去債務の対策に関する講演、及び、衛生管理、ウィルス対策の講演をさせて頂きました。 

  • 2010年、船井総合研究所・スリーライト社共同発行、エコビジネス情報誌『Eco-Biz Front Edge』の監修に協力、特集されました10社中4社は安藤のクライアントでした。

  • 2010年、東京ビックサイトの省エネ対策としてガラス遮熱コーティングに顧問先支援企業の技術が採用されました。

  • 2011年夏、船井総合研究所の講演をきっかけに、メガバンク系列コンサル会社、監査法人、資産除去債務対策支援団体、国内最大手農業団体、鉄鋼大手、対応会社から構成されるジョイントベンチャーを発足。